giriのブログ

2011年3月31日 木曜日

藤原新也の震災地からのつぶやきが、心をうちます《ヒーリング スピリチュアル 名古屋》

写真家の藤原新也が、震災直後に、東北に行っています。

各地で、時々の彼の心象を綴っています。

東京での自身の個展会場からすぐに現場に行き、そこで、観、感じ、交わり、自分自身の命の糧にしようとする彼の精神のあり方にとても感動します。

http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php?page=45

3月12日からのブログを追ってみると 彼の想いと行動が、良く分かります。

藤原新也と交流のある有田芳生が、彼の影響で、今、石巻に入っています。
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/03/post_e24d.html

今回の、震災、原発事故は、毎日毎日、私の心の中で、津波を起こし、核爆発を起こしているかのようです。

そして、偽りのもの、不必要なものそげ落とし、本当のことだけを 残そうとしています。

愛と感謝を込めて

投稿者 Banyan tree | 記事URL | コメント(0)

2011年3月30日 水曜日

3月31日正午『福島原発の中にいる水たちに、 愛と感謝の想いを捧げ送ろう!!』《ヒーリング スピリチュアル 名古屋》

『福島原発の中にいる水たちに、

愛と感謝の想いを捧げ送ろう!!』

 

日時2011年3月31日(木)
それぞれの地区の時間の正午

何を言うか

「福島原発の中の水たちよ
辛い思いをさせてごめんなさい。

我々を許して下さい。

そして有難う、愛しています。」

これを口に出して、あるいは心の中で、

手を合わせて3回祈ってください。 

お願いします。


愛感謝


      2011年3月27日
        水の伝道師 江本勝 

 

http://ameblo.jp/emotopeaceproject/day-20110327.html




投稿者 Banyan tree | 記事URL | コメント(0)

2011年3月30日 水曜日

放射能への対応は、愛と感謝ー江本勝さんの緊急メッセージ《ヒーリング スピリチュアル 名古屋》

水の結晶写真で有名な江本勝さんが、緊急メッセージを出しています。

放射能で汚染された水も愛と感謝の波動の転写することで、美しい結晶に変容するそうです。


http://www.masaru-emoto.net/jp/info/message_hadojihyo0324.html

愛と感謝が、存在の源と江本勝さんは、おっしゃっています。

サンパティも言っています。

一番源の力、エネルギーである愛と感謝は、この世にある全てのものを変容する力がある ということのようです。

放射能さえ・・・・・・

投稿者 Banyan tree | 記事URL | コメント(0)

2011年3月30日 水曜日

原発、オンライン署名(転載希望) 《ヒーリング スピリチュアル 名古屋》

マイミクの日記からの転載です。

止めよう今の原発
という訳で以下オンライン署名


オンライン署名 
福島原発廃炉 http://bit.ly/ehQ9OP
浜岡原発運転停止 http://bit.ly/eSw2d0
上関原発建設計画中止 http://bit.ly/ecENJs
伊方原発運転停止 http://bit.ly/gKslIs

転載も希望です


上関については映画を観たいと思っていた矢先に今の原発事故
これで止めるだろうと思っていてもやろうとする人はいるからね

投稿者 Banyan tree | 記事URL | コメント(0)

2011年3月30日 水曜日

仙台の苦しみ《ヒーリング スピリチュアル 名古屋》

昨日、友人から、仙台の友人3人が、大阪に避難していて、公営住宅に入居した、旨聞きました。

ぼくも親しい友人達です。

住居の破損と被爆への不安の中で、決断したようです。

そして精神的に参っているので、名古屋に彼らが来た折は、セッションをしてあげて・・・という依頼を受けました。

仙台は、福島原発から100km以内の地にあります。

政府見解では、安全圏ですが、放射線被害は、10年以上のちにあらわれるもの・・・一人一人が自分自身の判断で決めるしかないですね。

特に、乳児、子供の場合、心配ですね。

子供さんを避難させる決断をした人たちも多いようです。

仙台の方が、ブログに苦悩を綴っています。原文は、
http://himar-diary.jugem.jp/?eid=7


地震だけだったら、こんな複雑な気持ちにならなかったのに。

みんなで助け合って一緒に復興を目指すはずだったのに。

関東で水道水の放射能汚染が問題になっています。空気中の放射線測定値が東京よりずっと高い宮城県の水道水は?? 計っていないのです、、、。

地震で検査施設が壊れたと言っています。
本当に壊れたのが理由なら2週間も経ってるのに怠慢だし、数値が高くて発表できないだけでは?と疑いも捨てきれません。
まさか、とは思うのですが。

 水道水を料理に使おうかどうしようか、悩んでいます。

実際には、ペットボトルの水が手に入ったときは使い(たまたま見つけたら買い、探して並んで買ったりはしていません)、そうでないときは水道水を使うという中途半端なことをしています。

大人である自分が買っていいものか。

外に出るたびカッパを着たり服を着替えたりするのも、50歩100歩のような気がしてやったりやらなかったり。

そもそも、そんなに気にするなら遠くに行けばいい。

仙台にいると決めたのだから覚悟を決めればいいのに。矛盾した気持ちでぐちゃぐちゃです。

外に出るたび、料理のたびに悩んで決断することに疲れても来ました。

 避難するか、避難しないか。どちらの選択をした人も苦しんでいます。

 私自身は、高い数値が出ている福島県の一部はもちろんのこと、福島原発から95kmの仙台とそれより高い数値の出ている宮城県南の人たちは、避難できる人は避難した方がいい値が既に出ていると思っています。

本当はみんなが遠くに逃げられるならそうした方がいい。
子どもがいてもいなくても。

 でも、家族がいたり、仕事があったり、動けない人も多い。

子どもがいるから避難した、でも自分たちだけ逃げたという罪悪感を持っている人たちがいます。

子どもがいるけれど避難できないことに不安を持っている人たちもいます。

正解なんてないし、罪悪感なんて持つ必要がないのだけれど。

理屈はわかっても気持ちはわりきれないのでしょう。

私は、夫に託して子ども(7歳)を関西に避難させ、自分は仙台に残るという選択をしました。

仙台でやることがあります。

育児を放棄し、避難するという罪悪感を逃れるずるい選択です。

でも私にはこれしか考えられませんでした。

 原発のことがなくても、小さな子どものいる人は避難した方がいいと思いました。まず物資が不足しているから。

避難できる人が被災地から出れば、その分他の人に食料が回ります。

また、小さい子どもがいると避難所暮らしも大変だし、食糧を手に入れるため長時間並ぶのも無理。

ライフラインの復旧は遅い(遅いのは被害がひどく範囲が広いためで、現場の技術者の皆さんは頑張ってくださっています)。

地震直後の仙台から避難する唯一の交通手段であった山形行きのバスに乗るには、寒さの中何時間も並ばなければならず子連れには無理。

さらに、子どもがいれば支援にも動きにくい。

一時的にでも仙台を離れた方がいいと思いました。

 でも、交通は限られているし、ガソリンはない。

仙台やその近郊から避難したくても出る方法がなくあきらめている人たちがいました。

だから、小さな子どものいる家族を中心に声をかけ、仙台から山形経由で新潟に行くバスをチャーターして乗ってもらいました。

新潟からは飛行機も電車も通常通りに動いているのでどこにでも行けます。

関西で夫と友人たちがカンパを集めて、17日、18日、19日で計5台のバスがチャーターできました。

関西では避難した方の受け入れもして頂いています。

私は実家のある新潟でバスを待ち、その後の交通や宿泊の案内をしました(友人と両親がサポートを手伝ってくれました。ありがとう!)。

その後、交通網が復活したのでこの活動は終わりにし、私も新潟から仙台に戻りました。

 でも。この活動は家族に悩みももたらしました。

バスに乗るか乗らないか、多くの方が悩みに悩みました。

電話で泣き出してしまった方も複数いらっしゃいました。

迷いに迷ってバスに乗った人、乗らなかった人は半々くらいでしょうか。

年配の両親を置いていけない、そう言った人も多くいます(ご両親も一緒にどうぞ、と言いましたが、住み慣れた土地を離れる年配の方はいませんでした)。

仙台を動けない人も多いのに、チャーターしたバスの案内をすること自体、避難できない人たちを傷つけるのではとも思いました。

実際、不安を与えた面も否定できないでしょう。

でも、避難したくてもできない人たちがいた以上、やらないという選択肢もありませんでした。カンパをして頂いた皆さんに大変感謝しています。

 福島市などはもう避難地域にするべきでしょう。そう政府に申し入れをしている人たちもいます。

避難するかしないか悩み苦しむ人を減らすためにも、政府の定める避難地域をもっと広げてほしいと思っています。

 私は、原発にも再処理工場にも反対していきました。

自分ではなかなか動けませんでしたが、多くの友人たちが、原発・再処理工場のない社会を目指してがんばって活動してきました。

こんなことになって悔しくてたまりません。

 そして。
仙台あたりでは、まだまだ安否の確認や生活物資の確保が大変で、放射能の心配どころではない人がほとんどなのが現実です。

この記事もアップするか悩みましたが、現状をお伝えしようと書きました。

追記1:
 夕方のニュースで、今日25日から宮城県でも水道水と一部の野菜の放射線測定を始めたと言っていました。

追記2:
 ハイロアクション福島原発40年
 ハイロアクション福島原発40年実行委員会は、2011年3月26日~2012年3月26日までの1年間を「ハイロ(廃炉)アクション年」にしようという呼びかけに集まった福島県内各地の有志により、2010年11月23日に結成されました。2011年3月26・27日にいわきでオープニングイベントが行われる予定で、私も賛同していました。

(以上ロバさんのようにから)


国民そして世界中の人々が、この惨事の痛みを共有する中で、一人一人が、できることをして行くことが、今私達が出来ることなんですね。

この試練の中で、私達は、生まれ変わろうとしています。


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