giriのブログ

2017年6月26日 月曜日

友の旅立ち《OSHO 瞑想 名古屋》


大好きな友達が、ボディを離れた。

とっても悲しくなって

ぼくがとても彼のことを愛していることを改めて知った。



プレムラジョというフランス人の友達、

フランス国籍のユダヤ人。

インドプーナのOSHOコミューンでの友達

今、Facebookから世界中の情報が入ってくる。

去年あたりから、親しい友人がよく亡くなる。

いつ、自分の番が来ても不思議はない。

思ってもいなかった友達、またどこかで会えるだろうと

思っていた友達に先立たれると

そんな風に思う。

プレムラジョのことを話したい。

きっと彼の年は、70歳代前半

日本に長年いて、日本語も話せる数少ない

ヨーロッパ人のサニヤシン(OSHOの弟子)だった。

日本で、指圧を学び、指圧のプロだった。

1970年代、ヒッピー文化全盛期、

東京の街中でアクセサリーを売ったりもしていたらしい。

1990年の6月、インドのOSHOコミューンでこんなことがあった。

OSHOは、光明を得たマスター、仏陀やキリストのような存在。

世界中から彼のもとに人が集った。

当時のOSHOコミューンは、世界中から数千人の探求者が集まる人種のるつぼ

だった。


OSHOが肉体を離れて半年、

それまでは、プーナ市の警察が、ビザの延長を認めていた。

ビザが切れると警察に行っていくらか払うと延長になっていた。

だから何年も続けてプーナに滞在できた。

それが急に違法ということになった。

プーナ警察がビジネスとして勝手にやっていたことらしい。

インドは、何でもありの国、

急にこんなことが起こる。

中には、パスポートもなしで滞在していた人も何人もいた。

そんな人も含めて、とにかく、届け出れば、出国許可をする。

と言うのが警察の発表、

OSHOが肉体を離れてからもOSHOコミューン(現リゾート)だけが

自分の居場所と多くの人が思っていた。



国も仕事も家族も

多くの人が捨てて、インドに来ていた。

OSHOという覚者そしてそのコミューンにはそれほどの吸引力があった。

ぼくも、その一人だった。


ビザ騒動があった時、

チケットもお金もない人もいっぱいた。

一人ひとりが、どうするのか決めないといけない。

多くの人が右往左往した。

OSHOが肉体を離れて半年、存在が与えた禅スティック

大きな嵐だった。

プレムラジョは、そのころ、サレンダーガーデンという

ちょっと変わった場所に住んでいた。

空き地に、自前で掘っ立て小屋を建てて住む場所。

その分、安く生活ができた。


そのころ、パスポートやビザのない人が逮捕されたり

そんなこともあった。

そして、多くのが神経をすり減らしていた。

プレムラジョは、一人、パスポートを亡くしたことにして

フランス領事館に再発行を申請

警察にも、それで押し通して、素知らぬ顔

領事館の夏休みで パスポートの発行に何ケ月が、時間がかかり、

新しいパスポートが彼の下に届いた頃には、この騒動も

一区切りしていた頃、

大騒ぎの中、すっかり、マイペースで生きていた。

そんなマイペースで、自由な彼の存在が大好きだった。

いつもお茶目な目をしたハートの人だった。

大きな身体で、元気な人

この数年は、ブラジル人のガールフレンドができ、

ブラジルに多くいるように、FBを通じて知った。



FBで、何枚か二人の幸せそうな写真を見つけた。

世界中を旅し、死ぬまで恋していた自由人

生を全うしたことが伝わってくる


ありがとう プレムラジョ



いい旅を   GIRI 

FLY HIGH PREMRAJO



7/22〜24まさに体がブッダ@広島竹原VivirAhola



7月15~21ボディマインドに語りかける忘れさられた言語を思い出す



7月8(土)9(日)パスオブライフ(旧ボディワーク講習会)







投稿者 Banyan tree | コメント(0)

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