Margaのブログ

2017年9月14日 木曜日

ゆるされている <名古屋 ヒーリング サイキックマッサージ>




東京に行っていました。

1泊だけの短い滞在。





ゆるされている


と、わたしにとって大切なメッセージを滞在中に受けとりました。



そしてこれはわたしだけじゃなく、

たくさんのひとへの伝言でもあると感じました。





いろいろな偶然がかさなり、

はじめて靖国神社へ行きました。




靖国神社、

戦争で日本を守るために兵士となったひとたちの慰霊、

鎮魂のため。

政治のなかに時々でてくる場所。

わたしが知っていることはそれぐらい。




はじめて入った靖国神社は印象とまったくちがっていた。



大きな鳥居を2度くぐる。

まだそのときには感じなかったけど、

本殿へ入るための最後の鳥居をくぐったら、

それまでもっていた印象とはまったくちがうエネルギーでした。




ゆるされている



そのあたたかいやさしいエネルギーを感じて、ほっと体がゆるんだ。




そっか、わたしたちはゆるされてたんだ


だれに?



戦った兵士や戦った相手の兵士、

戦争で死んだひとたち、

先祖、

ほかのだれかに?







あ、ちがうわ、


ゆるされてたんじゃない


罪はなかった




わたしたち

最初から罪なんてなかった



のびのびと歓びとともに自由に生きていいんだ





だれかが犠牲になって

だれかの犠牲になって

わたしたちのいのちがあるんじゃないのだね




いのちへのすべての存在のコミットがあり、

いま生きてる




そう、やっぱり、

いのちがあるのは祝福だ

本当に生きていいんだ

と強く感じた。




罪じゃなくて祝福

そのいのち






慰霊という言葉と罪悪感が

わたしのなかでつながった。




わたしたちのために

だれかが犠牲になった。

その魂を慰めるのはわたしたちの務め。

だからそのひとたちに報いるためにも精一杯生きなきゃ。


うーん、なんかがちがう。




戦争で命をなくしたひとたち、

その霊を慰めるというけれど、

靖国神社でわたしが感じたものは、

その魂はすでにもう鎮まっている。


それはこうやって祭ったから鎮まったんだとも言えるし、

それだけではないように思えて。

その魂が鎮まることをえらんだ。

肉体を離れたとき、あらゆる感情は終わり、

すべて完結してるんだろうな。





わたしが

あのエネルギーを感じたとき、



罪悪感はもう手放していいし、

それはだれかがつくったもので、

そのドラマにはのらなくてもいい、


ってことがしっかりわかった。

それがわたしには大切なこと。




平和にフォーカスするなら、

それはもうわたしたちがやることははっきりしてる。



自分のなかに矛盾やらウソやごまかしてることがなければ、

わたしたちは楽に生きれる。とっても平和。

そして矛盾があってもそれに気づいていたら

自分を責める必要なんてないじゃない。



嫌な気持ちでいるときは機嫌イイふりしなくていいし、

欲しいものを素直に欲しいと知ってること。


自分でいて、自分のいのちを生きていたら、

わたしはしあわせ。


自分の本心を知ってそれを認めたら、内側には葛藤や緊張はなくなる。

それは平和な状態よね。




だれかの犠牲のもとにいまわたしたちがいるんじゃなく、

わたしたちはいのちのバトンを受けとったからここにいる。


両親、先祖やそうでない存在も、動物、植物、もうほんとにたくさんから。

はい、どうぞと。




よし、めいっぱいこのいのちを生きるよ!

ってわたしたちは生まれてきたんじゃないんだろうか。


いただきますって、

いのちを食べてわたしたちは生きてる。



もうほんとにそれだけでしあわせやんね。




わたしたち自身の選択によっていまここにいて

すべてのいのちはそれを知っている。


しあわせでいましょうよ。

自分がしあわせでいるほうを選んでいいんです。

そのとき罪悪感がでてきたらよく見て、

それは本当か?

そしてそれを感じたら、自分のいのちにもどろうね。





投稿者 Banyan tree

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