giriのブログ

2018年3月 4日 日曜日

OSHOコミューン1989~セックスについて~《瞑想 愛》



こんにちは、ギリです。

今日は、セックスに関して書きたいと思っています。

まずは、僕の感じていたバックグラウンド。

1989年、1990年代初めのOSHOコミューンは、

自由でおおらかなエネルギーに満ちていました。

シャワールームは、男女一緒、

朝のダイナミック瞑想の後や

OSHOの講話の前には、みんなシャワーを浴びます。

大人数で、老若男女、きゃっきゃっ言いながら、

一緒にシャワーを浴びたものです。

カーテンで仕切って個人で入れるスペースもあったりして、

プライヴェートで入りたい人は、それもできました。

男女で一緒に入って、楽しんだり・・・

センシュアル、あるいはセクシュアルなことを隠したり、

特別なことにしない、そんなのびやかな文化がありました。

人間の自然なあり方へのYES 

生に対するYESがありました。

それは、OSHOのビジョンとも一致することだったでしょうし、

ヒッピー的な文化、セクシュアルレボリューション、

70年代以降の世界的な文化革命の流れが、

1989年のOSHOコミューンにはあったと思います。


今、私たちが今、体験できるとしたら、

ヌーデイストビーチの気持ちよさ、

そんな開放感がOSHOコミューンのキャンパスの中にはありました。

そういえば、建物の屋上で、こっそり、

裸で日光浴をする場所があったりしました。

OSHOコミューンヌーディストビーチです。

ダイナミック瞑想をしてシャワーを浴びて、

陽の光を浴びてすごします。

こんなことがありました。

ペインティングのワークショップの中で、

みんなが素っ裸になって絵を描きだしました。

そして踊ったり、ハグをしたり・・・・

若い西洋人の男の子が、女の子をハグしていて、勃起しました。

本人は、照れくさそう、

裸だから隠しようがないですよね。

みんな笑って、スプレーで、そこをめがけて水をかけます。

そんなおおらかさに満ちた場所でした。

罪悪感やジャッジメント(批判)があったら、それは、全く違った

方向に行く出来事でした。

セックスもより、自然なこととして人々の間に起こります。

踊ったり、ハグをしたり、目と目があったり・・・

エネルギーが出会い、お互いがひかれあい、

そして夜をともにすごす・・・そこからカップルが生まれたり、

あるいは一夜の出来事で終わったり・・・

僕自身、OSHOコミューンの中では、

そのようにセックスを体験してきました。

そして、この性的におおらかで、自由なエネルギーの中で、

とても滋養を得ました。

一杯、いのちの栄養をもらいました。

セックスエネルギーは、生命力そのもの

いのちそのものなので、とても強いエネルギーです。

支配する側は、必ず、セックスをコントロールする方法を見つけます。

宗教的なモラル、婚姻制度、今の日本では、不倫バッシング・・・・

セックスが自然なものにならない限り、

私たちの健全な成長は、ありません。

OSHOは、性的な成熟が始まる14歳から

自由に性を楽しむことができたら、42歳になれば、

性的な欲望は、すっかり落ちる

と語っています。

そんな時代が来るかもしれません。

OSHOの言葉を引用します。

私の言わんとするのは、性が神聖だということだ。

セックスという根源的エネルギーのなかには神が映っている。

それは明白だ。

性は新しい生命を生み出すエネルギーにほかならない。

そしてそれこそ、すべてのなかで最大にして最も神秘的な力なのだ。

OSHO


PS.セックスと関係深い男女の関係性についても近々書きますね。



若干名参加可能!!

2018ゴールデンウィ-クOSHOリゾート瞑想ツアー



3月16,17東京でセッションオープンします





投稿者 Banyan tree | コメント(0)

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