giriのブログ

2018年8月 9日 木曜日

AKKOさんの体験記~ギリシャコルフ島で~(Beautiful Life いのちのきせき)

2017年ギリシャリトリートに参加したAKKOさんの体験談です。






ギリシャ コルフ島の旅から戻り
ようやく言葉が戻りました。




言葉にできなかった理由もわかりました。





私の物心ついた時からの
最重要懸案事項(笑)


「死」について。




「死」を追いかけていた人生の旅は
ギリシャでひとまず完了しました。





死とは何か?
人が死ぬとはどういうことなのか?


なぜ、人は生きることに言及するように死を語らないのか?
死を語ることへの躊躇は何か?


死は100%究極の自分ごとなのに。。。。




もっと知りたい。
もっと
もっと
もっと




それは使命感というような高尚なものではなく


誰から頼まれもしないのに
私の中に枯れることなく湧き上がってくる好奇心でした。




死を語るとき
ほぼ必ずそれは生きてる側からの観察です。
(臨死体験以外は、1回死んだ人があの世から
戻って語るわけではないので当たり前です。)


「一人ぼっちで死んでしまうのは可哀想」



「病院で延命されるのは人間の尊厳を欠いている」




みたいな話は
生きている側から見た意見や感想で



死んだその人が
可哀想な気持ちかどうか
本当のところは全くわからない。




どれも「死」へ至るプロセスの途中の
「生き方」の話題でしかないことに
気がつき



私が知りたいのは
それじゃない
とわかってきていました。




そして「死」そのものは
人を怖がらせたり寂しがらせたりしないものだと
根拠なく思っていました。





今回ギリシャに行き
今までに体験したことのない意識の領域を味わいました。



それは瞑想の中で味わいました。



その時の私の体感、意識の感覚を
いろんな人がいろんな言葉で表現している
そのどれかと同じかもしれません。




例えば「神秘体験」
例えば「幽体離脱」
例えば「トリップ」(とかかな?)



でもそれなのかどうか私にはわかりません。
だから言葉することがためらわれます。



何かが見えたように感じたことも



ただそう感じた




それだけのことで

「死」そのものと同様に
一定の環境や条件が揃えば
どんな人にも起きることだと思っているので
特に意味深にしたくないという気持ちが
強くあります。




伝えたいことは
それは
私が体験した中で最も最大限の「緩む」
という味わいでした。




全身の穴から
何かがこぼれそうになる究極な気持ちの良さの中に緩み
「あ、漏れる」
という感覚で目を覚ましました。





ウィキペディアによると



エクスタシーの語源はギリシャ語のέκστασις
(ekstasis、エクスタシス、外に立つこと)で
魂がみずからの肉体の外に出て宙をさまよう、
といった意味が込められている



とのこと。



まるで
肉体から魂が離れる
「死」の場面のことのようです。




忘我の境地。



体がただの乗り物というか
着ぐるみみたいに感じる。




もしも
肉体から魂が離れる「死」の時に
あの究極の緩みの境地を味わえるのだとしたら。。。




私は死にゆく人に
生前どうであっても
この世でのおつとめ「ご苦労様でした」



そして大きな癒しからのお迎えを
「おめでとう」
と伝えて見送りたい



そう思いました。





Luminaさんを通して宇宙から私へ
「complete」というメッセージが届きました。



物心ついた時から




知りたい
知りたい
知りたい
と思っていた





「死」を想う私の人生の旅の
completeだと受け取りました。




嬉しい。


Beautil Life いのちのきせき




2018年9月ギリシャリトリート~愛と歓び、再誕生の旅
若干名参加枠有!!!


8月18日12時~ランチギャザリング&説明会@表参道ナナデコール
参加希望者ご連絡ください!!
遠隔参加も可!!





8月19~21日マルガ&ギリ東京セッション





8月16(木)17(金)パスオブライフ(ボディワーク講習会)




投稿者 Banyan tree | コメント(0)

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