Margaのブログ

2019年6月 2日 日曜日

ふとした時に 《つながる 身体 本質 美しさ》

6月にはいりましたね。

5月の最初はインドのプーナに滞在して、
帰ってきてからセッションやグループで忙しくして、
個人的にもいろいろあったり、
そして後半は、身体にいろんなことが起こって、
食べるのを減らしたり、ひさしぶりに洗腸したり。

なんか濃いひと月だった。
たくさんの経験をした。



みなさんはどんなかんじですか?
今なにが起こっていますか?




いまギリは時間を見つけては、
お母さんのところに通っています。

ギリもご家族も、お母さんと大切な時間を一緒に過ごしています。

ギリのお母さんは身体はとてもつらいのですが、
意識はクリアです。


大切なひとがつらそうにしていて、
その肉体がもしかしたら去っていくかもしれない、
そんな時間を過ごすのはとてもしんどいです。


けれど、
最後かもしれない時間を、
今までしなかった話をしたり、
お互いどれほど大切に感じているのか言葉や目や態度で伝えあったり、
そんなことができているギリとお母さんを、
わたしはとても羨ましくみていました。



わたしは父とはそれができなかったと感じていたから。

父は30年前に亡くなったのですが、
どんどん意識がなくなっていく父親と一緒にいるのは
ものすごくつらいことでした。
わたしからの表現は一方通行、父には届いていないと感じていました。


ひどい出来事だった、とわたしの中ではそう思っていたし、
父にひどい死に方をさせてしまった、とまで思っていました。
もちろんわたしのせいでも、他の人のせいでもないのに。


そして、ひどい出来事だったと思っていることも、
自分で認めるまでにすごく時間がかかりました。
そう思ってる自分が、父の死をよりひどいものにしてるみたいで。


あるひとのさらっとした一言がきっかけで、
長い間もってた父の死に方へのとらえ方が解けだしたのが、ついこないだ。


父はその肉体をやり終えた。



全部が解けたわけではないかもしれないけれど、
父の死を判断してた自分を今は遠くにかんじてる。


観方が変わる、フィルターに気づいたりするって、
ほんとにふとした瞬間。



素晴らしい死に方、
惨めな最後、
いのちを全うする、

どんなふうにみえたとしても、
その死とは関係のないもの、それはただの観方。

観方によって、
肉体を去った存在が英雄になり、被害者になり。
残されたものの慰めになり、後悔になり。



死は、わたしたちにインパクトが大きい体験を与えてるなとおもう。





これは今回のプーナで描いた絵。
何度か重ねて描いたんだけど、最後は幼きころのわたしと描いた。
めっちゃいい時間だった。

描き終えて、絵から受け取った言葉は、安心。




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投稿者 Banyan tree

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