内側のこと

2016年12月 3日 土曜日

安全地帯からでる<瞑想 マルガ つながる ボディワーク講習会>


昨日は銀杏を見にいってきました。



1週間ほど前に雪が降り、
ほとんど落ちてしまったということだったけど、
綺麗だった。

一面、黄色。
黄色って、豊かだなぁー。


12/15 マルガカフェ開催
ウーヌスに来たことがない方も、是非、お越しくださいー!
一緒にごはん食べよ!
会えるの、楽しみにしています。







かえりは、熱田神宮へ。
彩雲がむかえてくれて、
子供と遊んで、気持ちいい時間だったー。





ウーヌスでは、いま、
講習会を通じて、
自分とつながるということをしています。

自分とつながりなおす。

少しづついつのまにか離れてしまった、
あるときからぷつっと切れてしまった、

わたしと
ふたたび
つながる。


わたしは、
自分とつながってるとき、
心地いいという感覚がある。
くつろぎといってもいい。

心地いいって、
わたしたちが忘れていたものだったし、
自分にずっと与えてこなかったかもしれない。


でも、こないだふと思った。
心地いいとか、気持ちいいって、
逃げにつかってるときないかな?って。

自分を、
あるいは自分がしていることを、
肯定するため、これでいいんだって納得させるとき。

苦手なことから目をそらし、
見えてるものを見えてないふりししたり
自分がチャレンジしないで、済ませようとしてるとき。

こうゆうとき、
言い訳として使ってるときあるなって。
これは、わたしの体験。


みなさん、どうなんやろ?


この逃げの心地いい、気持ちいいは、
本当は気持ちよくもないし、心地よくもない。

心地いいというより、
安全地帯にとどまってるみたいな感覚といったらいいかな。


わたしは、ある時まで、
自分に嘘をついて、自分に我慢させて生きてた。
いまも自分を抑えてるとこあるな。


嘘は、自分だけにつけない。
特定のだれかだけにもつけない。
結果、自分にもだれかにも全員についてる。

大げさに聞こえるかもしらんけど、
世界全体についてる。
うそってすごい威力かも。

本当でないことは自分もだれかもわかる。
違和感あるもんね。


もし、その逃げの気持ちよさ、安全地帯を経験したことがあるなら、
それは本当の心地いいとは違うことを知ってるでしょう。


安全地帯はマインドがつくった囲い、
ほんまは安全じゃない。
くつろぎの場所じゃない。
檻。

安全地帯って、別の言い方したら、古い輪っか。
もしかしたら今世でも、過去からの生でも経験しつくした古いサークル。
パターン。思い込み。
もうそこで経験しなくていい。
いや、経験ももうしてない、
ただ水路みたいなものがあってそこに沿ってるだけ。


安全地帯からでるって、
チャレンジしなきゃ!でもないし、
苦手なこと克服しなきゃ!でもない。

気づくこと。
新しい選択。


安全地帯からのお誘いは、これからもしょっちゅうある。
すんごくスムースに誘ってくるやろう。
誘ってるとも気づかないぐらいに。

そこで、気づいていられたらいいな。


多くの人はその安全地帯から出たいって感じてる。
外側の世界は本当はこわくて危険な場所じゃない。

安全地帯という古い暗い場所から出ると、
外側の世界の本当の姿を知れる。


わたしは出会いたい。
内側から入った、外側の世界で。
外側から向かった、内側で。
いろんなとこで。


安全地帯から出ることは、
内側に入ること。

内側に入ると、
外側へでる勇気や好奇心やいろんなものとつながれる。

囲いがない世界に住める。


自分自身とつながろう。
そしてそのくつろぎから、
新しい選択をしよう。
自分を生きよう。


マルガの
あなた自身とつながるセッション


12/17.18
マッサージを学ぶんじゃないよ♡
自分とつながる、だれかと出会う
ボディワーク講習会


いちばん大切な自分へのプレゼント!
あなたが世界へ届けたいものは?
一日かけて自分の美しさを知ろう。
12/23 聖なるものの歌 ワークショップ


予約、問い合わせは、
052-833-1623/info@☆banyantree8.com (☆をはずして送信してください)


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2016年11月15日 火曜日

こわがってるもの<名古屋 瞑想 サイキックマッサージ>


昨日はスーパームーンという名の満月。
楽しまれました?

名古屋では直接見れなかったので、
わたしは、今晩散歩に出て
会いにいきました。
めちゃ綺麗でした。


いまボディワーク講習会の7デイズをしています。
昨日は3日目。

朝は座学のあと、
突然の思いつきで
雨の中、五感をつかって歩きました。

気持ちよかった。

ゆーっくりと、
自分の気の向くまま、
雨の音や紅葉、
お花を見たり、匂いを嗅いだり、
歩く時の足の感覚、
いろんなことを楽しみました。
雨の中の瞑想。

参加しているひとりの人は、
自分が巨人になったみたいに感じた
という感想。

うんうん、わかる。
すべてがゆっくりで濃いからそう感じるのかな。


夜、グループが終わり、
外へ出かけました。

その出かけた店で見かけた細い体のおばさん。
ものすごくガリガリ。

目に入ったけど、またギリとの会話にもどった。

そしたら、そのおばさんと違う場所でまた会った。

わたし、あんなふうに細いひと苦手なんやな。
そう思った。
なんでかな。
それは、父のことを思い出すから。

父は入院してからしばらくして、
どんどん痩せていった。

もう隠しきれない、でも、
病状のことはたぶん父には知らせてなかったと思う。
わたしにも知らされなかった。
でもわたしは知ってた。
だって、わかるよ。
どんどんお父さんじゃなくなっていくんやから。
父も知っていたやろう。

本当にガリガリになって、
薬の副作用だったのか、
記憶がなくなっていく。
わたしを見ても、わたしをだれかもわからない。

病院に行きたくなくて、
本当に苦しかった。
そんなことを話せるひとはいなかった。

わたしはそのとき18歳で、
その年齢はそんな幼くない、
だからしっかりしなくては。
そんなふうに周りからも見られていたし、
自分でも思っていた。

すごく古い病院で、部屋が消毒薬のにおいがきつかった。
そしたら、叔母がトイレの消臭剤を何個も買ってきて置いた。

だからわたしには、トイレの消臭剤の匂いは父の病室のにおい。
いまもあの匂いを嗅ぐと、
本当にどうしようもなくしんどい気持ちになる。


父が死んで28年経つ。

でもわたしはいまだに、
ガリガリの人を見たら病気だった父を思い出して苦い気持ちになるし、
トイレの芳香剤があるトイレに入ったら息を止める。


昨日、痩せてるおばちゃんを見てわたしは反応した。
そして、それを話したらいっぱい泣いた。


人が死ぬこと。
大切な人が死ぬこと。
いろんなかたちでその別れがくる。


それを
わたしはもう二度と経験したくないと思っている。
大切な人と別れたくない。
その人の肉体が弱っていくのを見たくない。
人が死ぬことを恐れていて、
自分が死ぬことも恐がっている。


輪廻転生。
魂の存在。
それを信じてるはずなのに。

目に見えるものだけではないことも知ってる。
肉体がなくなっても、その人の存在を感じてる。

でも死がこわい。死は悲しい。

いまのわたしはそう思ってる。
それをはっきりと知ったのでした。



マルガの
サイキックマッサージ





















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2016年11月10日 木曜日

エックハルトトールとホ・オポノポノ<名古屋 瞑想 講習会 学ぶ>


昨日、ギリからクラニオを受けました。

ギリは、10月末のクラニオのアドバンスのグループでの学びを
体験として、より深めているようです。

セッション後は、
すごくすっきりしていて、
とても静か。
内側がクリアで気持ちいい。



エックハルトトールの
ニューアースという本を最近読んでいます。

彼の考えのひとつに
ペインボディ
というのがあります。

ちいさな頃からの
受け入れてこなかったり、
抑え込んできた感情が手放せずに、
それが痛みとなって、
身体のなかでエネルギー体をつくる。

そしてそれは個人だけのものだけではなく、
家族、民族、国家などの、
体験した痛みもそこには含まれている。

そのエネルギー体を
わたしたちのほとんどが持っているそうです。

それは活性しているひともいるし、
まだ表面にはでてきてないひともいる。

活性化していても、
そのペインボディを自分だとおもい、
そこに苦しんでいるひとも多いとおもう。

わたしもそのひとりだった。
特にギリと出会って2年ほどは、
そこにどっぷりはまっていた。

自分のペインボディに
たくさんのエサをあげていたことも今となってわかります。

でもエサをあげ続けていたからこそ、
ペインボディというものを理解できたのだとおもう。


わたしはこの概念を知って、
いままでのいろいろなことがとても腑に落ちた。



実はギリと付き合いだしたころ、
彼の本を読んだらいいよ、
と言われていた。

でもわたしはまったく受け付けなかった。
それはたぶん、
わたしのペインボディや思考が拒否していたんだろう。

いまだって、ペインボディが大暴れすることはあるけど、
あの頃のわたしは制御不可能。


人にはそれぞれのタイミングがある。

わたしという存在と、ペインボディや思考との間に
スペースをもって観られるようになったいま、
わたしのタイミングで知った。


わたしがいままでセッションさせてもらった経験や
自分の体験、自分の感覚としてあったものが、
とてもクリアになった。

いままで漠然としていたものが、
自分の中にしっかりと配置されたようなかんじがしてる。


もし興味を持ったら、読んでみてほしいな。
なにかの助けになるかもしれない。

自分への、他者への、
愛、スペース、あたたかさ
がうまれるよ。



そう、それで、
昨日のクラニオのセッション後のつづき。


セッションが終わって、
なぜかギリのペインボディの話になった。


ちなみに、
エックハルトトールは
多くのカップルや関係性は、
ペインボディの凹凸が呼び合ってると言ってる。
まさにわたしとギリのペインボディもそれ。


ギリは、権力をふりかざすひとが嫌い。

社会の中での権力者と泣いてる弱者みたいな構図にものすごく反応する。
悪い政治家とか、世界を操ってる一部のひととか、
そうゆうものに触れると、強い感情をもつ。
ゆるせない!って。

そうゆうときのギリは、
なんと言ったらいいのか、興奮しているみたいになる。

たまたまその日のお昼も、
入った喫茶店のおばさんとギリはそうゆう話をしていた。

そのときのギリのペインボディも興奮してたんだとおもう。


もしさ、
その権力者がいなくなっても、
ギリのなかの権力者への強い感情があれば、
また別の権力者が目の前に現れるな。

そうだね。

じゃあ、たとえば、
この感情が無くなったら、
権力者と弱者がいなくなるんだね。

そんな話をした。


いろんな人がいろんな方法で
ずっと言ってるけど、

「本当にわたしたちは自分で自分の世界を創ってる」

それを理解したら、
ひとつつながったことがあって。


だから、

ホ・オポノポノでは
ただただクリーニングするんだー!!!

って。

あれとこれとそれが、
ぴた―――っとすべて一致したような、
気持ちよさと爽快感をかんじた。

ホ・オポノポノ、
わたしもやったことがあるけど、
理解してなかった。

記憶をクリーニングするって、
そうゆう意味だったんだね。

エックハルトトールからホ・オポノポノを理解するとは!

なんでもつながってるもんなぁ。

ありがとう
ごめんなさい
あいしています
ゆるしてください



マルガの
サイキックマッサージ

ギリの
クラニオセイクラルバイオダイナミクス

ギリとマルガの
覚醒のフィールド


予約・問い合わせは、
052-833-1623/info@☆banyantree8.com (☆を外して送信してください)



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2016年10月27日 木曜日

dignity-尊厳 <名古屋 ヒーリング 講習会 つながる>


尊厳

ときいて、
なにを感じますか。


とっても大切なもの
おかしてはならないもの
尊いもの


いろいろなことばがでてくるけど、
書いてみると、
どれもそうであり、そうでないようなかんじがする。



尊厳とは
たましい
なんだとわたしは感じています。


覚醒のフィールドのなかにも
尊厳という波動があります。


わたしたちは、
アイデンティティじゃない部分でのそれぞれの色があって、
この世界でそれらを
活かし、
面白がり、
尊重し、
混ざり合い、
はなれてみたり、
その様子は色とりどりで美しい。

世界が美しくあるのは、
わたしたち
植物
動物
鉱物
すべてのいろんな色があるから。


たまには、
自分の色がイヤになる。
あのひとの色だけが美しく見える。

わたしはあの色になりたい。
でもわたしにはない。

なんで、
なんで、
与えてくれなかったの。


あの色が正解らしい。
どうしよう、
わたしは持ってない。
あの色になるにはどうしたらいいの。

どうやったら、
どのようにしたら、
手に入るの。

なんて、
そんなことを思う日もあるかもしれない。


内側にいれなくて
だれかからの称賛が欲しい時もある。

そんなときは求めたらいいよね。
ちょうだい!
認めて
褒めて
注目して!
って。


でも、
気がつく。

どうやら人からの承認だけでは満足できないって。



尊厳とは
わたしたち自身。

それを無いと思って
外側を探すから
わたしたちは苦しむんじゃないのかな。

だれにもおかせない。
だれにもうばえない。
ただここにある。

それを感じ、知ったら、どうだろう。

目を閉じて、
内側を感じてみる。


もし尊厳を感じられないとき、
見てみたら?

だれかに、
自分自身が尊厳を渡してないか。

自分からへりくだってないか。



あのひとのせい。
この環境のせい。

そう感じるとき、
尊厳をかんじてるのか。


わたし自身が尊厳だと気づいてる時、
だれかの、なにかのせいにする考えを
自分の中に見つけられない。



尊厳から出会いたい。
尊厳から話したい。
尊厳から触れ合いたい。

そこから。


尊厳ー自分と出会う、
尊厳ーだれかとであう、
ウーヌスのボデイワーク。


ボディワーク講習会
☆☆☆2DAYS
①11/2.3
②11/6.12
③11/12.13

☆☆☆7DAYS
11/4〜スタート

来てね!一緒に体験しましょう。

マルガの
サイキックマッサージ

ギリとマルガの
覚醒のフィールド


予約は、
052-833-1623/info@☆banyantree8.com (☆を外して送信してください)


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2016年10月 7日 金曜日

もっと、もっと!<サイキックマッサージ 瞑想 ヒーリング>



ボディワーク講習会。

わたしはここで、

自分の経験や知恵をシェアさせてもらってる。

んー、自分のじゃないな、

そこにいる全員がそれぞれの知恵や愛や才能をわかちあってる。

ほんとにほんとに、いつも、

自分とつながることの美しさを見せてもらっています。



最初に依頼をもらったとき、

わたしにそんなことできんの?

わたしの内側での第一声。

その言葉は力を得て、大きくなっていったように感じた。



やっぱり、わたしはできない。
(そーそー)

なにかを伝えるひとはもっとちゃんとしてるべき!
(そのとおり!)

もっと、もっと、もっと、もっと!
(そうだ、そうだ、もっとガンバらなきゃーー!)

・・・いろんな「もっと」。



なにか新しいことをはじめようとするたび、

こうゆうやりとりがある。だいたい毎回。

臆病なわたしが大活躍!

毎回ってのは、もうそろそろやめたいなぁ。



でも、そんなぐちゃぐちゃ言いながらも、

やってみたかった。

そして、やることを選んだ。




こないだ、しみじみと感じた。

いま、ここにいるんだぁ、と。


ここまで連れてきてくれてありがとう。


「ここ」っていうのは、

わたしが幸せって感じてて、周りのひとたちも美しかった、

そんな瞬間のこと。

満たされたところ。すべて在る。

その瞬間に気づけたこと。そこが「ここ」。


そこには、「もっと、もっと」は存在してなかった。




マインドがいろんなことを言ってくる。

その声がどんどん大きくなって力を持ったように感じるかもしれない。

でも大丈夫。

わたしが自ら明け渡さないかぎり、

わたしには尊厳が在る。

わたし以外のものが、わたし自身の力を持つことはできない。




☆自分とつながる、そこからだれかと出会う
11/6.13&11/12.13開催
ボディワーク講習会

☆マルガの
サイキックマッサージ (11/1より金額改定します。)


☆マルガとギリの
覚醒のフィールド


予約は、
052-833-1623/info@☆banyantree8.com (☆をはずして送信してください)

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